こんばんわ(・ω・)ノ
家に帰ってきてから寝ていたきりふです。
せっかくの休みなのに、
特にこれと言ってやる気がでません。
その割に、夜は寝れないんやけどw
何となく起きて夜中…みたいな。
まさか、卒業式の次の日に
また学校に来ることになろうとは…。
部室へ置いたメッセージ:
「後ハイちゃんえ。
卒業証書を忘れたので、3月2日にとりにきましたv
ば~いきりふ(あふぉ)」
なんて威厳の無い先輩だ…w
昨日、花束や卒業記念の部誌をもらって
別れを告げてきたのにw
まぁ…全然泣くことは無かったけど。
なんやろぅ…。
たぶん、
逢いたい時に逢えない人がいる私にとって
すぐソコにある高校の卒業には
「別れ」を感じないんだろうか。
引越しを繰り返してきた。
多大な「お金と時間と信頼」が揃わなければ
逢えない関係を繰り返してきた。
だから、泣かなかったのかな…?
部活のコトを思い返してみた。
私はこれで終わりだと思っていない。
卒業後も、存続の為に発展の為に
力を貸せたらな、と考えている。
受験のコトを思い返してみた。
学校には色々お世話になった。
…言いなりにならないで、自我を貫いた所もあるけれど。
先生との別れをうとうのではなく。
受験の辛さを思い出すのではなく。
「これから」にどう生かすか。
私にとって卒業は「終わり」ではなく、
「始まり」…もっと言ってしまうと
「通過点」。まるで階段の一段のような…。
それ以外の何物でもなかった。
あと、中身が曲がってるから
「泣かせる為の言葉には泣きたくない」
という気持ちがあった。
形式ばった言葉。涙を誘う言葉。
それは生きている言葉だとは思わない。
だから、卒業式では全然平気であった。
それよりも、
最後のHRで一人ずつコメントを言わされた時の
自分の感謝の気持ちを述べようとして、
涙で述べ切れなかった人。
そっちの方が「生きて」いた。
んで、もらい泣きしそうになって
「このクラスはグループが無くて」
という言葉にまた冷めてみたり…。
あー…最後のあの日に早く学校にきすぎて、
クラスで孤独を感じてしまったのが
いけなかったのかもしれない。
そんな私は何て言ったか:
「えーと…今、
寒さと緊張でいっぱいいっぱいなんですけど。
んと、文化祭の時とかに
絵を描かせてもらって嬉しかったです。
まぁ…大学行ってもマイペースで頑張ります。
ありがとうございました。」
泣いてるんじゃなくて、
寒さと緊張で震えていた。
緊張症は最後まで治らなかった。
たとえ
上手いだとか思われてなくても、
めんどくさい仕事を回されてただけだとしても、
絵を描く仕事が出来たのは良かった。
嘘も無く、割と自分の言いたかった事を
コンパクトにまとめられたんじゃないか、と思うw
クラスの事は一切触れず…。
発表は嫌いだ。
過剰に緊張するという理由もあるけれど。
話すと人に笑われてるような…気がしてしまう。
気…だといいけれど。
そんな被害妄想は中学の経験の所為だろう。
滑舌が悪い。口下手。音量調節出来ない。緊張で震える。
もう最悪。
私が饒舌になれるのは、こういう文字の時である。
声…もいけないのかもしれない。
親にまで「耳障りだ」と耳を塞がれたり。
本気で声を無くそうと思った事だってある。
大切な人と電話するのだって、慣れるまで何度も拒んだ。
でも、雑談と唄うのは好きやから…
今も普通に声持ってるけど。
なんでこんな話になったんだか(-_-;)
まぁ人間が曲がってて泣かなかった、
そういう事ですw
そんな私が一番泣きそうになったのは、
卒業式前日に銀河ちゃんと語った時かもしれない。
いつもの場所で、いつもの雑談をした。
ふと友達の話になって。
出逢った時の話になって。
なんか
懐かしいというか、偶然だったなぁというか。
「あの日あの時にこうだった」という
真実のまま話してただけやけど。
泣きそうだった。
そんな今日のBGMは、
BUMP OF CHICKENの「Ever lasting lie」。
何処か懐かしくて優しいメロディの曲です。
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